Schedule Conflict
by Akiko Connors

 いつも お世話様になっております。
プルーフ募集のメールをいただいて、しばらく考えておりました。
この間の家庭集会で皆さんが貴重なお話をしてくださり、とても参考になりましたので、私の話でももしかすると またどなたかの参考になるのかもしれないと思い、このメールを書いています。
いろいろな要素が絡んでいるので、どれだけうまく説明できるかわかりませんが、なるべくわかりやすく書きたいと思います。
まず、事の発端は3月のはじめにいただいた経親さんと導き親さんからの大乗会座についてのメールでした。
日程を見て、すぐにこれはダメだと思いました。
それは双子の姪たちの高校の卒業式の日で、2月にすでに招待されていて、行くからと返事をしていたからです。
私の側の姪ならともかく、夫の側の姪なので、無理を言いにくいということもありました。
夫は二人兄弟ですが、お兄さんとはずいぶん年がはなれていて、お兄さんはまるでお父さんのようによく面倒を見てくれます。
義理の母は、義理の父が7年ほど前に旅行中に急死した後、お兄さんの近くに引っ越してきて、とにかく小さい家族ですが、仲が良くていつもみんなで集まるのが大好きなのです。
とりあえずそういう状況なので、会座には行けないかもしれませんと経親さんと導き親さんには返事をしたのでした。
それから2週間ほどたってから、接心をいただく機会がありました。
まず最初に、おなかから背中にかけて悪かったという主系の男性が示されるということで、胃がんで亡くなっている父かと思いましたが、そうではないと言われ、誰のことだか分かりませんでした。
でもなぜかその後、大腸がんで亡くなったというおじさんを思い出し、父の兄に当たるおじさんですかとお聞きすると、すぐにそのかたですと言われました。
何か伝えたいことがあるようですと言われましたが、その内容は教えていただけませんでした。
でも、またなぜか頭にそのおじさんの次男に当たるいとこが浮かび、おばさんのことも少し頭をかすめたのです。
その後は、私自身へのご霊言を頂きましたが、そこでも気になることがありました。
今は不動の心の土台を作るときで、このがんばりが5月に大きな違いとなって現れるのではありませんか、と言われたのです。
これは大乗会座のことだなとピンと来たのですが、ただ、ああ、私は会座に行くのだなとぼんやりと思っただけでした。
とりあえず、その日はおじさんへの御施餓鬼だけさせていただいて帰宅しました。
 しかし、そのおじさんの出現が気になって、その夜、日本に住む私の母に電話で問い合わせたところ、何かいろいろと問題があったらしいけど、今は何とか収まったのではないかと言う返事でした。
私の母もそのおじさんの家族とそれほど行き来があるわけではないので、よく知らないのです。
そこで、今日こういうことがあったので気になるから、おばさんに電話して聞いてみてもいいかとたずねると、自分で聞いて頂戴と言うので、電話番号を教えてもらい、電話してみました。
なにしろ初めておばさんに電話したので、おばさんはすぐには私だとは分からなかったようですが、おじさんの話をして、大丈夫ですかとたずねると、いろいろあって困っていると言うのです。 おばさんの実家は真言宗だったとかで、そこで次男の祈祷とかをお願いしてみようかと思っていたそうです。
おじさんが私の接心に示された話も、そういうのがあるんだねといって私の話を信じてくれると言ってくれたので、それならと思って、少し真如苑の話をしてみました。
私の母のところに『内外時報』がすこしあるはずだから、よかったら借りて読んでみてください、そ れで真如苑に行ってみたいと思ったら、手続きは私がさせていただきますからと言って電話を切りました。
そうしているうちにお彼岸になりました。
今年はイースターと重なったので、私は彼岸会には行かず、義理の母の元にみんなで集まりました。
お兄さんたちと会う前に義理の母が、姪たちの卒業式は朝9時から始まるから、8時には家を出なければならないので、前日から泊まりなさいと言われたのです。
導き親さんから、たいてい高校の卒業式は午後からか夕方に始まると言うような話を聞いていたので、この時もう会座は無理だと思いました。
義理の母も、こんなに早い時間の式は聞いたことがないとは言いながらも、ほかには親しい家族や親戚もいないので、みんなで行かなくてはと言うので、内心困ったなとは思いながらも、異議を唱えることはできませんでした。
食事の後、会座がだめならせめて18日の法要にみんなを誘ってみようと思い、義理の母と義理の姉に話をしてみました。
ふんふんと話は聞いてくれましたが、行くとも行かないとも返事はありませんでした。
私も即答を期待していたわけではないので、まあこんなものかな、と思いました。
  義理の母はプレスビテリアンの教会のメンバーだし、お兄さんの家族はカトリックの信者なので、ほかの宗教に関心を持つとは思えませんでした。
イースターが終わり、帰宅してからまた日本のおばさんのことが気になり、母に電話したところ、またいつものようにお彼岸にはおばさんが運転してくれて、御墓参りとお寺へお参りに連れて行ってもらったそうです。
おばさんからは特に何も聞かれなかったらしいのですが、私がおばさんから連絡があったら、内外時報を渡してほしいと頼んでおいたので、袋に入れてもう一人のおばさんに気付かれないようにそっと渡しておいたそうです。
 こうして何度か電話で話をさせていただくうちに、おばさんとその次男のいとこをおたすけさせていただくことができました。
日本での預かってくださる経親さんも見つかり、4月8日の降誕会には二人そろって参座されたそうです。
この話を母にすると、いつもは私は浄土真宗だからと言って真如苑の話を嫌うのに、この日は珍しく、では今度おばさんに聞いてみようと言ってくれました。
そして、もうひとつ驚くことが起こったのです。
経親さんと導き親さんのご好意で降誕会の御奉仕をさせていただいた翌日の夜、義理の姉から電話があり、双子の姪たちの卒業式には行かなくてもいいから、宗教は大事だから気にしないでお寺に行ってくださいと言われたのです。
また、5月18日の新精舎の落慶法要にもぜひ行きたいとも言われたのです。
実は、何日か前の家庭集会に初めて参加させていただいた時に、私が会座と卒業式の間で困っていると言う話から、みなさんにアドバイスをいただき、思い切って義理の兄夫婦と義理の母に私が困っている状況と私の考えている三つの選択肢の中で皆さんに一番良い方法を選んでください、と Eメールを送っておいたのです。
その中には、私が卒業式を欠席してお寺に行き、皆さんには18日の法要に来ていただくと両方を入れた選択肢はなかったはずなのに、みんなに一番良い方法としてこの二つを選んでいただけて、とても感謝しております。
また、先日、夫が義理の母に電話したところ、私に卒業式はいいから お寺に行くように、と伝言があったそうです。
宗教は大事だから夫もお寺に行くように、と言われたそうです。
これらの一連の出来事を通して、いろいろなことを学びました。
どんな障害があっても、精進しようと思ったら決してあきらめないで努力すれば道は開かれること、御霊言でいただいたことはすぐには分からなくてもいつか分かると言うこと、仏様・護法善神様・双親様・両童子様はいつも見守っていてくださるということ、朝夕のおつとめが大切だということ、ご先祖様たちも力を貸してくださるということです。
本当に、良い勉強をさせていただきました。
どのくらいご理解いただけたか分かりませんが、何かの参考にしていただければ、幸いです。