Life and Family
by Kazue Hayes

人として生を受け、遇いがたきみ仏に出逢い、感謝のなかにやっと心を開き、こうしてプルーフを皆さんのまえでさせていただくことを、真如教主さま・摂受心院さま・教導院さま・真導院さま・真如継主さま・護法善神さまに心から感謝させていただきます。
わたしは、日本人の母・アメリカ人の父を親にもつ混血児として終戦翌年に生まれました。
祖父はわたしの将来を思って四女として区役所に届けました。 そして、たった一つの恵みでもいいからあってほしいと、わたしの名前を「一恵」とつけました。
小学校にあがるとき、はだの色が黒いという理由で入学を拒否され、もと新聞記者の養父は神奈川県大磯町に 「エリザベス・サンダース・ホーム」 という混血児ばかりの施設があるのを知り、わたしを入れることにしました。
なにも知らないわたしは連れていかれ、そこで14年間団体生活をさせられることになりました。
大きな門を入っていくと、すぐに教会と聖ステパノ学園小学校があり、山をくりぬいてできたトンネルのむこうがエリザベス・サンダース・ホームでした。
母が恋しくてトンネルのを見ながら泣き、だれもむかえに来てくれないことがわかると、養父にたいする気持ちが憎しみ・うらみにだんだんと変わり 「わたしの生きているかぎりゆるすものか」 と自分に言い聞かせるのが、このホームにいる生きていることのあかしでした。
沢田美喜園長は熱心なキリスト教徒で、子供たちはみな洗礼をうけました。
たまに街にでることがあれば 「合いの子」「パンパンの子」 と、きたないものでも見るように石をなげられたり、つばをかけられたり、 思いだすのもいやなことばかりで、自分の運命をどんなにうらんできたか知れません。
教会に通いながらも、ひとに心を許すまいと、とくに沢田園長とは最後まで心を開くことができませんでした。
16歳のとき母に再会することができましたが、人間らしい心を失ってしまっていたわたしは、ひとが悲しんだり困っているのをみると、いつも 「いい気味だ」 とわらうようになっていました。
人と付きあうようになると、いやでもサンダース・ホームのことがわかり、いつもわたしの影のようにつきまとう人生を送らねばなりませんでした。
そんなわたしにも結婚のチャンスがおとずれ、横田基地にいた軍人と結婚しました。
おなじ環境のふたりが家庭を知らずに育ち、気がついたときには、主人は酒を飲み、賭けごと、女性関係... 3人の子どもにめぐまれたにもかかわらず、自分の運命をのろい、なげいていました。
軍人なので一ヶ所に居られなくて、転々と移り、カリフォルニアに来たのが 1980年9月でした。
友人から紹介されたのが、現在の経親 ディッキィさんでした。
人を信じることのできないわたしは、なにを言われても心を開くことができませんでした。
週1回 家に来て教えの話をされました。
いまでこそ彼女の髪は染めているので黒いですが、彼女の1本1本の白髪の半分以上はわたしのせいだと、すまなく思っています。
ある日の夢で学生服を着けた男の子に会い、それが 真導院さまであることがわかり、サンフランシスコの精舎落慶のおり、真如継主さまのお言葉のなかで 「肉体のまなこは開いても、心のまなこが眠っていたら、真実の相をみることができない」 ということを聞かしていただき、少しずつ心が開いていくようになりました。
自分の持つ因縁と戦いながら、接心をいただけるまで1年がたっていました。
初めての接心で 『最後なる み教えこそは 幾年も 探し求めし 慈母と思わん』 という苑歌をいただき、わたしの魂のお父さんは教主さまであり、お母さんは摂受心院さまであると、生まれてはじめてうれしくて泣きました。
そして沢田園長もしめされ、ほんとうに申しわけなく、少しずつではありますが、固い氷のようなものがとけていくような感じがしました。
すべてがなんでも人にやってもらってあたりまえと思っていた自分が、真如み教えによって感謝をしていくことを教えられました。
それは長いあいだ、わたしを苦しめた養父へのおもいでした。 両童子さまの抜苦代受のおかげでございます。
「うらむより、うらまれる人がもっとつらいのだ」 と知ることができました。
ある日の接心で 『なぜあなたはこのようにして生まれてこなければならなかったのか、知りたいでしょう。 それは、み仏さまの大慈悲の慈悲をもってあなたに与えられた試練。この世のなかにはたくさんの人たちが幸せを求めて苦しんでいます。 その方たちにこのみ教えをお伝えさせていただく使命があるのです。 あなたならどんな困難をも、み教えがあるから越えていくことができますね。 み仏が期待をされ与えた試練でしたよ。 さあ、起きて』 と。
わたしには苦しみの涙をながすことがあっても、まさか喜びの涙があるとは、生きていてよかったと、長いあいだ捜し求めていたものがここにあったと、み親に合掌せずにはいられませんでした。
それからもわたしの因縁は永くつづきました。立教50年・教主誕生祭には親苑帰苑、はじめて真如教主さまにお逢いすることができました。
教主さまは 「よいか、悲しいとき、苦しいときには『南無 真如一如大般涅槃経』と唱えるのだよ。 み仏さまがいつもいっしょにいてくださるのだから。わかるね、わかるね」 と言ってくださいました。
ほんとうに夢をみているようでした。
1ヵ月後、自分の家に帰ると、主人は女性のところへ引っ越して、小さな子供たちが3人で生活しているのを見てあ然としました。
わたしの胸はするどい刃物でえぐられるような痛みでいっぱいでした。
やっとの思いで接心に取りくむと、夫婦仲が悪く、ぜったいに幸せにするものかとのおもいがあることがわかり、わたしもこんなはずではなかったと 、思ったものですが、ひとり開く教書はいつも真如霊界開拓のページでした。
『摂受心院さまが教導院さまを霊界に送られようとしている』 理屈ではわかるのですが、「わたしもこんな思いまでするのならもう死んでしまいたい」と思うようになっていました。
最後にする上求菩提で 「子供たちはどうなりますか」 との返事に自分で申しわけなく思い、必死でみ親さまの名をよんでいました。
その年に、み心で大乗を相承させていただきました。
子供たちに自分のもつ因縁をつがせてはいけないと、真剣に精進をしていきました。
とたんに、主人から「離婚をしてほしい」との一点張り。 まだ忍耐のできないわたしには耐えられない日がつづきました。
わたしは眠るひまもないくらい働いて3年がたったころ、もったいなくも真如継主さまにひとりひとり上求菩提をさせていただける機会があり、家庭内のことをお話させていただきました。
すべてがうまくいきますよ』 とのお言葉どおり、主人が心変わりし、円満な思いもしなかった最高の条件で離婚が成立しました。
この主人の気持ちを大切にしていこうと、接心を思いだし、わたしの願うようにとしてくださった真如霊界に深く感謝をし、書類にサインをすることができました。
そして、歓喜本会座で 『ご霊界の両童子さまは、あなたがつらくて大変だったように、お二人も大変な思いをされて抜苦代受をしてくださったのですよ。 あなたがラクになり歩みやすいようにしてくださったのですよ』 とご霊言をいただき、感謝と懺悔のなか、尊くも歓喜を相承させていただきました。
幸せにさせまいと、因縁は今度はわたしの身体をむしばんでいったのでした。
子宮内に腫瘍ができ、手術をし、もう少し手術の日がおくれていたら、子宮破裂で命がなかったこと。
それと同じくしておきた心臓発作。 いただいた接心で、おなかの関係で亡くなった女性、結核で若くして亡くなった祖母の兄が示され、ご先祖さまにたいする認識がどれほど大切であるかを教えられました。
人様のお役にたちたいと、やっとのおもいで歩きはじめたころ、長男との折り合いが悪くなり、また、次女が大学に進んだのをきっかけに、わたしひとりアパートに住み、朝から夜まで働きました。
すこしの時間をみての帰苑。
「真澄寺復建を」 と言われていたときで、教えの原点をよくみつめ、双親さまのたどられた道のりに心をむけていく大切さを問われ、教えを守り、継主さまのみ跡につづかせていただく覚悟で、感謝と喜びで祈るなか、尊くも大歓喜を相承させていただきました。
そしてある日、母から一通の手紙。 わたしの異父兄弟が結婚をしたので自分たちのことはもう忘れてほしい、という内容でした。
わたしを「生んで後悔していない」と言った母なのに。 怒りの手紙を何回か書いているうちに、だんだん母の気持ちがわかるような気がしてきました。
きっと母も手紙を書くのがつらかっただろうし、息子夫婦に気を使っている母の気持ちが哀れに思え、いまはいつか逢える日がくるのを待とうと思う気持ちになれました。
14年間の施設での生活も今になってみると、すべてを乗りこえていける強さ、だれとでも親しくなれるような心をいただきました。
そしていちばん大事なこと、それはすべてにたいして感謝をさせていただけることを真如み教えによって得ることができました。
昔いただいた接心で 『バラバラになった家族もあなたの精進しだいで、枯れ木に花が咲くごとくよくなるかもしれません』 というご霊言で、わたしはこのご霊言にかけてみようとおもいました。
いまはひとりで住んでいる主人。長女は結婚し、また、裁判沙汰になり何年も逢えなかった長男とも、長女が購入した家に家族みんなで喜びがあるごとに集まるようになってきました。
この世のなかで自分ほど哀れなものはない、と思っていたわたしが、今ではこの世のなかでいちばん幸せものだと、胸を張っていえるようになりました。
真如継主さまからご霊廟建の機会をあたえていただいて、わたしも仲間に入れてほしいと思いました。
真如継主さまが力強く 「真如み親は、わたしたちみんなのお父さんであり、お母さんです。 そして両童子さまとは兄弟になっていきましょう」 とのご瑞教のなかで、わたしは心から感謝、そして合掌させていただきます。
そして、こんなわたしでもよいから霊能者にならせていただいて、真のお使え人とならせていただきます。
もうわたしはひとりではありません。 真如み教えがわたしにはあります。
真如み親の大願にむけて真如継主さまは命がけですべての方々のために取りくまれているお姿を拝したとき、わたしも感謝でまっすぐ歩かせていただくことをお誓いいたします。
本日はありがとうございました。