Letter
by Mikayo Nantista

 経親さんからは10年以上もまえから 「ジムに行って身体を鍛えることは大切よ。 行っておいで」 と言われつづけましたが、「うん」 という返事のまま実行してませんでした。
昨年の 2008年12月からジムに通いはじめました。
ジムに通いはじめて3ヶ月くらいたったころ、コーチしてくれる方から 「あなたのプルーフを書いてくれないか?」 と言われました。
私は彼に 「プルーフ?」 って聞き直しました。
私の知っている プルーフ という言葉は「真如苑」で聞く言葉だったからです。
彼は「始めてジムに来た時にくらべて、この数ヶ月でここまで成果が上がってきていることを日本語でいいから書いてみて」 とくり返して言いました。
私は了解し、12月に接心のご霊言で
『仏さまの言葉は、真如苑以外のひとの言葉の中にもあります』
『日々の生活の中であなたがこれは真如苑とは関係がないと思うことにも、つねに祈りを持って み仏の言葉として気づいていってください』
といただいたことを思いだしました。
そして、数日後に頂いた接心のご霊言で
『あなたのプルーフを多くの方に伝えて行って下さい。 難しい言葉で語らなくて良いのです。 真如教主様の 「常住」 を語って行ったらそれで良いのです』
と頂きました。
それからすぐ、経の方々のプルーフを読み直し、「私もプルーフをさせて頂こう」と勇気を頂きました。
ですから、この体験談は、私を現在コーチしてくれている方への手紙のように書きました。
読んでいただき、ありがとうございます。

2009年4月8日
親愛なる Dr.ダニエル・ヴィレダ (フィットネス・コーチ)へ
私の生まれる予定日は4月でしたが2月に生まれたので、未熟児で黄疸がひどく、熱を出しました。
赤ん坊の時、歩行を始めて両親は私の右足の障害に気づきました。
右足のかかとを床に着ける事が出来ず、爪先で歩くのです。
多くの病院、大学病院の診断は「脳性小児まひの症状の軽い方」という事でした。
小学校の時は毎日、車で送り迎え。
8歳の時、右足のアキレス健を切って伸ばし、かかとが床に着くように手術をしました。
その後、身体の成長につれビッコをひいて歩くようになり、毎年冬には両足とも足首まで霜焼になります。
 中学ではバレーボール部に3年間所属し、自転車で学校に通いました。
今までで運動をした思い出はこの3年間だけです。
この運動が良かったのか、13歳の夏に7センチ身長が伸び、背は高くなれました。
けれども、同じ頃、身体の関節の痛みがひどくなりました。
医師からは 『膝の後ろの筋を切って伸ばすと歩きやすくなるがそうすると膝を曲げて座れなくなる』 と言われ、両親は断りました。
高校の時は、じっとしていてもどこから来るのか、右足の太ももの付け根から下は、切って捨てたいほど毎日痛かったです。
背中も痛くなり、右足をかばって歩くため、左の股関節が炎症をおこし、歩けなくなった事もありました。
病院の痛み止めの薬も20分くらいしか効かない。
両親は暖めて治したり、マッサージ的な事、ご利益宗教で何とか楽にしてあげようといろんな事を試みてくれましたが、私は 「自分がどうしてこのような足で、痛みを感じながら生きているのか?  なぜ自分なんだ? これからの人生はどうなるのか?」 と悩みました。
他人が 「足の事」 を聞いて来るたびに、他人が 「私を見る」 たびに、他人が 「笑っている事」 が総て 「私の足へのとらわれ」 となりました。
夢も希望もなく、17歳か18歳ごろ自殺を何回か考えたけれども、両親が悲しむし、「死んでからの世界はどこ?」 と考えて死ぬ事も出来ませんでした。
悩んでいる事をノートに書いて、自分の部屋で神仏に「助けて下さい」と叫んでいました。
そして 「どうせ結婚もできないし、また家族に心配をかける。 友達もそれぞれに生きていく。 私は24歳で死にたい」 と思い、 「18歳から24歳まで自分のやりたい放題で生きよう」 と決め、 それを実行して家族からいやがられてしまいました。
 19歳の時、「真如苑」という仏教に出会いました。 ここは 「仏様の最後の教えを基盤にして現代に実践している」 ところ。
21歳の時、真如苑を始められた伊藤真乗という方に会うことが出来ました。
その時、握手をして頂き、その時から長年の右足の痛みが総て無くなったのです。
その時のことを当時の私の記録のままに書きます。


1984年6月3日、私がこれから始めてアメリカに行くことを聞かれた教主様 (伊藤真乗) は 「がんばってな」 とおっしゃり、握手をしていただいた。
教主様 (伊藤真乗) の右手のひらの中から、 太陽のようなオレンジ色をした、まるくて暖かいものが握手をしている私の右手から腕の中へと入って行くのが感じられ、 それは立っている右足の膝のあたりから骨の中心部を電流のように走り、 かかとまで届くと何とも言えない良い気分になり、 私は大粒の涙を流して教主様の手にすがりついている自分に気づいて顔を上げると、 教主様はじっと私の目をみつめて 「これだな」 って目で言われた気がしたので、心の中で 「はい! そこがずっと痛かった所です」 と答えた瞬間、教主様が今一度確かめるように強く握られ、 私の右足のかかとから膝までの間を、細長い棒のようなものがゆっくりと引き上げられた。
「何かが抜ける」 と感じ、「それ」 はアっと言う間に私の身体を通って握手をしてある教主様の手の方へ行った。
私は 「何か大切なものをいただいた」 という思いで一杯だった。
そして教主様の歩いて行かれる姿は私とそっくりだった。
 12日後アメリカに始めて来ました。
数年後にはアメリカ人と結婚をし、アメリカに住み、 6年間出来なかった妊娠と出産。
日本にいる私の家族、そして私自身が 「こんな人生になれるなんて想像もしなかった」 と思い返すと、そこには、 いつも真如苑の教主様( 伊藤真乗)の 「がんばってな」 とおっしゃたあの時の握手があります。
昨年の5月に真如苑が Redwood City に落慶したので、今はそこに行ってます。
そこで 「接心」 というのを体験してます。 長年の歩き方で右足の小指が曲がり、痛みで歩行が困難になり、 2005年に小指の手術をし、 その頃から身体の衰えを感じて、杖をつきながら歩いたり、 自分で時々ジムに行って自分で身体を動かしてみたけど、長続きしなくて疲れるだけ、 とうとう床に落とした紙をひろう事が大変になり、体中が重く、何時間寝ても疲れがあって、平らな所で何度も転びそうになり、正座ができなくなりました。
2008年に日本で両手に物を持ち急ぎ足で歩き、つまずいて転んでしまいました。
そのことがきっかけとなり、 「せっかく痛くない足にしていただいたのに、このまま衰えてまた歩けなくなるのはいやだ、申し訳ない」 と12月からジムに通い始めました。
あなたのように (Preventive Medicine)、 (Neuromuscular Therapy)、 (Fitness Coaching)、 (Nutrition Coaching) のできるる人に今出会えたことが私には、真如苑の抜苦代受に思えるし、 あなたの教えてくれることをやると 「やれる」 ことが不思議なんです。
 いままで、私の体育の教師、バレーボール部の監督、病院の医師などに 「このように足を曲げてみて下さい」 とか 「このように身体や足を動かして、このようにして立ってごらん」 と言われても、そのときの私は そういうことが 「できない」 または 「どうせできないから、しない」 という状態でした。
それが今は、 一回ごとに 「できる」 私になりました。 それは 抜苦代受 という力をいただいているからです。
私の身体は、あなたの指導を通して真如苑の力が働き、 動き安く、もう少しで正座も出来るし、 生活しやすくなっていると感じます。
なぜなら、今までとは違う私の身体の進歩を自分で一番感じるからです。
ありがとう。
敬具
ミカヨ・ナンティスタ より


1982年に真如苑で相談接心を頂き、つぎのように示されました。
『み仏様は、お伺いや当て物ではありませんから、足が治るとか治らないとか、はっきり申し上げられません』
『始めからないものをあるようにしてくださいとお願いだけしても、いくらみ仏様でも無理な相談ではないでしょうか』
『でも、これから教えにそって一如して精進して行ったときには、あなたの心は救っていただけますよ』
『たとえ足が治らなくとも、もう足にこだわることのないようになりますよ』
『これは因縁ですからね』
『そして、24歳の時、戦争で部隊から部隊の伝令に行かれる途中、爆弾で足をなくされ亡くなったあなたのお父さんの兄と、 母方のご先祖様で名前もわからないほど昔の女性が 「足をビッコをひいて歩いており、どうして自分の人生はこうなんだ」 と悩み苦しんだ思いがあるため、亡くなってからも成仏されていない、と示されています』
『この2人の方へのお施餓鬼をお願いしてあげてください。 教主様によって救っていただけますからね』
『両童子様の抜苦代受があることを忘れないでください』
『あなたの精進しだいで歩く距離も100メートル、 200メートルと抜苦代受によって疲れないで歩けるようにもしてくださいます』
と頂きました
その日からご霊言にそってお施餓鬼をお願いするたびに、右足のかかとのあたりが暖かく感じられ、 始めは 「気のせいだ」 と思いましたが、 その年の冬から両足の足首まであった霜焼けがなくなりました。
そして、霊位向上をさせていただくたびに、心の中から足の事を考えなくなりました。
この手紙をコーチに渡したのは4月でした。 これから Dr.ダニエル・ヴィレダ コーチ のもとで私の身体がどれだけ健康になって行ったかをプルーフの続きとして書いていきます。
み仏様、双親様、両童子様、継主様、護法善神様、ご先祖様、みなさん ありがとうございます。
読んでいただきありがとうございました。